これ誰が興味あんねん!

情報の垂れ流しと知識だけの蓄積はもういらない。思考リハビリの開始です。 誰が興味あんねん!

受け入れられるコップがどれぐらいか

人に指導する時に、「自分で考えて自分で答えを出させる」ということを意識して指導してきました。


今まで自分がそうされてきたし、世の中には答えの存在するものが少ないし、(逆に答えのあるものに関しては自分で調べればほぼ出てくるのが今の時代です)自分で考えていく力がないと新しいモノを作り出すことができないからです。


今まで、その指導に対して受ける相手側がそういった素養のある人が多かったのでうまくいきましたが、そういう人ばかりではないということに31歳にして初めて気付きました。


答えがないとダメ=自分で考える力、がないのです。僕らの世代、またはそれ以下に圧倒的に多いタイプ。(まぁ上の世代でもいっぱいいますけどね。笑。)


ここにその指導をぶつけるのが非常に難しい。というのもその人が、自分と違う考えを持つ人から指導をぶつけられ続けた時に、自分の中にあるコップが満杯になるからです。このコップが満杯になって溢れ出すと、自分も他人も何もかも受け入れることができなくなります。そうなると答えがあろうがなかろうが、自分で考えようが考えまいが、関係なし。ある種それが溢れ返って空っぽになるまで待つしかありません。


なので今まで「考えられるか考えられないか」の軸でしか判断してきませんでしたが、「コップが大きいか小さいか」という軸も加えた二軸で人に指導する時は考えていかないといけないと思います。


考えられる素養がある人でもコップが小さいと考えられなくなる


考えられない人でもコップが大きいと考えることができるようになる


そう考えると、考えられようが考えられまいがコップの大きさが非常に大事であるということに気づきますね。そのコップを大きくしてあげることが指導にとって非常に大事になってくるかもしれません。


あまりいい落とし所ではありませんが、そういう人と会うことでいいことに気付けたかもしれません。